今回読んだ本
現代アート、超入門! (集英社新書 484F)
この本を読んだきっかけ
とにかくわからない。わからない。何かを感じようにも感じることが難しい。現代アートを見に行くことが多い私でも、「よくわからないアート」はたくさんある。最近、そういう難しさを感じる機会が多かったため、なにかこの難しさを解消してくれる、現代アートについての入門書を探していたところこの本を見つけた。
現代アートの「わからない」が分かる(気がする)一冊
「この作品が美しいと思いますか?」
「この作品が上手だと思いますか?」
「この作品に値打ちがあると思いますか?」
と、読者に問いかけながら「私はこう考えますが、読者も考えてください」と優しい視点で解説してくれる一冊。
現代アートに大きな影響を与えている作品を中心に解説されているので、どういう視点で作品を見ていくと面白いかを考えさせてくれる。実際に題材にされているものは20世紀の作品を幅広く扱っている。
解説の内容は大学の教養科目をもっと優しくしたくらいのレベルなので、美術書にありがちな聞いたこともないアート用語は突然出てこない。まさに入門としてオススメの本である。
本の中で解説されている作品
・『緑のすじのあるマティス夫人の肖像』アンリ・マティス 1905年
・『アヴィニョンの娘たち』パブロ・ピカソ 1907年
・『コンポジションⅥ』ワシリー・カンディンスキー 1913年
・『ストリートシーン ベルリン』エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー 1913年
・『泉』マルセル・デュシャン 1917年
・『コンポジションⅡ』ピート・モンドリアン 1929年
・『無題』マーク・ロスコ 1958年
・『ブリロ・ボックス』アンディ・ウォーホル 1964年
photo:Christopher Eliot
・『クララ クララ』リチャード・セラ 1983年
photo:Jean-Pierre Dalbéra
・『ピス・クライスト』アンドレ・セラーノ 1987年
現代アート=視点の芸術
この本を読んで感じたことは2つある。1つは「現代アート=視点の芸術」であるということ。言い換えると、コンセプトが命ということ。いままで当たり前だったことに対して、「それって本当に当たり前?思い込んでるだけじゃない?」と気づくきっかけを与えてくれる。
例えば、「色自体にも意味があるよね、表現する力があるよね、見えたまんまが全てじゃないよね」と、愛する妻の顔を緑色で塗ってみたマティス。
「アートって言うけど、何がアートなの?オリジナルってなに?」と、洗剤の箱のコピーを積み重ねて美術館に飾ったウォーホル。
「昼の青空なのに、家の前は真っ暗。これって昼?夜?じゃあ昼の表現ってなに?夜の表現って何?」と、昼夜・現実と非現実が同居する世界を美しく描いたマグリット。
「ほらキリストがこんなに神々しいでしょ?でも小便漬けなんだよね」と、見るだけなら美しくても文脈が入った途端に「けしからん」となる。つまり美術には「視覚以外の理由によって善とされるアート悪とされるアートがある」と気づかせてくれたセラーノ。
単に美しいだけでなく、「気づき」があるのが現代アートの共通点ではないかと感じた。「既存概念を打ち破った」とか「当時の美術界の概念に一石を投じた」とか、そういう風にもいえるだろう。
もう1つ感じたことは、現代アートには歴史的、社会的、政治的、美術界的な文脈を理解しないと、なぜ評価されるのか分からない作品が結構多いということ。
「当時の美術界隈はこういうのが主流でした」とか、
「当時の圧政に対しての批判なんです」とか、
「大量生産大量消費の時代への問いかけなんです」とか、
「インターネットに繋がっていつでもどこでも情報を得られる時代から成立するんです」とか、
そういった文脈を強く意識したものがほとんど。だからこそ、知らない文脈の作品はわかりづらいというのも「現代アートは難しい」と感じる人が多い原因なのでは?と思った。
そんなことをいろいろと感じさせてくれる一冊でした。
追伸
たしかにこの前行った「サンシャワー展」の作品たちは、東南アジアの「文脈」をあまり知らないからなんかよくわからんなぁ~~~難しいなぁ~~~と感じたわけです。その理由がなんとなーく分かったりした。